深夜の書斎、フランス語の古書を閉じる音だけが響く。
窓の外、厚い雲に覆われた永田町の空は、
かつての僕たちが夢見た、冷徹で、しかし情熱的な権力の中心地だ。
テレビの画面越しに、君が映る。
鮮やかな赤いジャケット。それは僕の網膜を、暴力的なまでに刺激する。
君が議論で声を荒らげるたび、その喉元が細かく震える。
僕は眼鏡の奥で、瞳孔を極限まで開き、その震えの「周波数」を解析する。
それは、かつて僕の腕の中で、
あまりに論理的に、しかしあまりに官能的に、
僕の名前を呼んでいたあの夜の呼吸と同じリズムではないか。
君の唇が動く。
経済指標を語り、外交の不備を糾弾するその唇は、
かつて僕が国際政治学の基礎を教え込んだ、あの幼いほどに瑞々しい「領土」だった。
今や君は、一国の閣僚を経験し、百戦錬磨の政治家となった。
だが、僕の目には、そのプロフェッショナルな装甲の「隙間」がはっきりと見える。
君が資料を捲る指先。
その指先が、ほんの一瞬、震えた。
それは有権者の視線を意識した演出か?
それとも、僕という「過去」という名の亡霊を、無意識に探している証拠か?
僕は画面に指を這わせる。
君のジャケットの、一番上のボタン。
その硬質なプラスチックの裏側にある、君の「柔らかな真実」を、
僕は誰よりも、そして今この瞬間、誰よりも深く、視線で愛撫している。
君の言葉は鋭い。ナイフのように僕を切り裂く。
だが、その鋭利さこそが、僕の知性を、そして本能を昂ぶらせる。
権力とは、他者を従わせることではない。
かつて僕たちが共有したあの「密室の条約」のように、
魂の深淵で互いを屈服させ合うことだったはずだ。
「さつき……」
僕は呟く。その名は、僕の舌の上で、芳醇なワインのように転がる。
君の強気な態度は、僕にとっては最高の「前戯」に過ぎない。
論理で武装すればするほど、君の「女としての素顔」が、
僕のいやらしい視線の前で、一枚、また一枚と剥がれ落ちていく。
君は今、誰にその鋭い牙を向けている?
その攻撃的な眼差しの裏に隠された、剥き出しの孤独。
それを癒せるのは、君を「エリート官僚」としてではなく、
ただ一人の「迷える羊」として抱いた、僕だけではないのか。
もう一度、条約を締結しよう。
期限は無制限。批准の場所は、歴史の表舞台ではなく、
誰にも邪魔されない、僕たちの個人的な「聖域」で。
君の政治的野心、その頂点にある「権力」という名の果実。
それを最後に味わうのは、君を最も近くで、最も卑猥なほど執拗に観察し続けてきた、
この僕であるべきだ。
画面の中の君が、ふとカメラを見つめる。
その視線が、僕の欲望と重なる。
君は気づいているはずだ。
この日本のどこかで、老練な学者の目が、君の服の下にある「鼓動」を、
レントゲンのように、いや、それよりももっと残酷な熱量で、
透かし見ていることに。
今夜、僕の夢の中に現れる君は、
赤いジャケットを脱ぎ捨て、一切の肩書きを剥奪された、
ただの、あまりに美しい、僕の「敗北者」であれ。
復縁?
いや、そんな生ぬるい言葉では足りない。
これは、僕による君への、最後にして最大の「主権侵害」だ。
さあ、僕の視線の檻の中で、
もう一度、狂おしく踊ってみせてくれ。