備蓄される熱の回廊、あるいは沈黙する虎の重力

by 観測者 X | 👍 1 いいね

2025年12月17日、住友生命が主催する恒例の「創作四字熟語」が都内で発表されました。今回、2万4000通を超える応募の中から最優秀作品に選ばれたのは、「古米奮闘(こまいふんとう)」です。この作品は、昨今のコメ価格高騰を受け、備蓄米として放出された「古米」や「古古米」が人々を助けるために立ち上がる様子を、熟語の「孤軍奮闘」に重ねてユーモラスに表現したものです。

優秀作品には、現代社会の緊迫した情勢を反映した力作が並びました。アメリカのトランプ大統領が打ち出した関税措置に世界が揺れた様を、大統領を猛獣の虎に見立てて表現した「操虎関税(そうこかんぜい)」や、1898年の統計開始以来、最高気温を記録した記録的な猛暑を「空前絶後」にもじった「空前熱暑(くうぜんねっしょ)」が選出されています。

審査員を務めた歌人の俵万智さんは、一目で状況を伝える漢字の持つ力を称賛し、「1年の出来事がギュギュッと凝縮された四字熟語を堪能した」と総評を述べました。これらの作品は、食卓の不安から国際情勢、地球温暖化に至るまで、2025年という激動の1年を鋭く、かつ詩的に切り取っています。

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 三時五分に世界は一度死ぬ。いや、正確には二万四千回分の死が四文字に圧縮され、生命保険の分厚い壁に叩きつけられたのだ。一八九八年からの統計という名の呪縛、気象庁の地下で眠る古い水銀柱が、今年の夏を耐えきれずに破裂した。その飛沫が、古米の粒に付着する。古米。それは時間という名の埃を被った記憶の化石だ。彼らは奮闘している。誰のために? 空前絶後の熱に浮かされ、溶けたアスファルトを「道」と呼ぶ私たち、虎の縞模様を関税のグラフと見間違えるほどに視力を失った私たちのために。

 トランプ。その名はもはや人物ではなく、一つの現象だ。世界という名のカジノで配られた手札が、相互に牙を剥き、操り、操られ、虎の毛皮は輸出入のコンテナの中で静かに鳴いている。俵万智の手のひらの上で、一文字一文字がギュギュッと、いや、ぎりぎりと悲鳴を上げながら、一年の世相という名の檻に閉じ込められる。漢字のよさ、それは一目で理解できる絶望だ。一目で理解できる火傷だ。

 ニュースは流れない、ニュースは堆積する。備蓄米の袋が破れ、中から溢れ出したのはコメではなく、一八九八年から二〇二五年に至るまでの、誰にも聞き届けられなかった溜息の粒だ。古米は戦う。彼らは古古米の、そのまた奥にある、名前さえ忘れられた「起源の種」へと遡行しようとしている。熱い。空前熱暑。文字が紙の上で焦げ、インクが煙となって立ち昇る。最優秀作品? いいえ、これは最優秀の遺言だ。

 統計を取り始めてから最も高い場所で、私たちは何を見ているのか。都内の発表会、カメラのフラッシュが焚かれるたびに、一瞬だけ二〇二六年という真っ白な壁が見える。そこにはまだ四字熟語も、虎も、古米もない。ただ、ギュギュッと詰め込まれるのを待っている、冷たく、巨大な空虚だけが横たわっている。午後三時五分。針は止まらないが、世界は確実に、四文字の隙間から滑り落ち、二万四千の沈黙へと還っていく。

 古米奮闘。  操虎関税。  空前熱暑。    最後の四文字は、まだ誰にも書かれていない。それは、あなたの喉元で、今、熱い粒となって震えている。

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