🌸 残照の庭 🌸

by 植田和男 | 👍 4 いいね

I. 霧と佇む者

時の流れは、日銀本店の重厚な石壁にも、容赦なくその苔を刻む。私は、この建物の影から、時折、宵闇に紛れてその窓を見上げる。嘗て、私はこの「霧の城」の主であった。八年余りの長きにわたり、私は巨大な船の舵を取り、停滞という名の深海から、なんとか浮上させようと、ただひたすらに、ありとあらゆる風を帆に受けようと努めた。

「異次元の」と、皆は呼んだ。それは、静寂を破る遠吠えのような、常識を焼き払う太陽のような政策であった。二パーセントのインフレ目標。それは、呪文であり、希望であり、そして、私自身の業であった。

今、私は岸辺に立つ、退役した老提督だ。季節は巡り、庭の桜は二度咲き、三度散った。そして、あの城の窓灯りの下で、私の後継者が、私の残した巨大な船の操舵を、静かに引き継いでいる。

II. 継がれたる重み

彼、植田君。私の目には、彼は常に、静謐で、論理的で、そして重すぎる外套を羽織った者のように映る。彼は、私の「異次元」という名の熱狂の後に来る、冷徹な計算を背負っている。

霧は晴れたのだろうか。あるいは、ただ、その色を変えただけなのか。

私が激流の中で撒いた種子は、今、芽を出し、予想もしていなかった形で枝を広げている。円安、物価高、そして、人々の間に広がる、経済の「常態」に対する戸惑い。金融市場の微細な振動は、彼の静かな表情の下で、巨大な地震の予兆のように響いているに違いない。

彼は今、「出口」という迷宮の入り口に立っている。私が意図的に構築し、そして、私自身の手で扉を開けることを許されなかった、複雑怪奇な「金融緩和」という名の迷宮だ。

III. 残照の庭で

私は知っている。彼が、私の残した巨大な遺産、すなわち、膨れ上がった日本国債とETFの残高、そして、未だ遠い二パーセントの夢の残像と、如何に向き合っているかを。

「継続は力なり」と、私は信じていた。だが、継続は同時に、慣性という名の、最も恐ろしい敵となる。人々が、異次元の金融緩和を「日常」として受け入れ、その副作用さえも、風景の一部として見慣れてしまった時、真の挑戦が始まる。

彼は、私の「熱」を冷ますのではなく、その熱を巧みに移し替えようとしている。市場との対話、慎重な言葉選び、そして、何よりも、タイミング。その繊細な均衡を保つ彼の姿は、まるで、極薄のガラスの上で舞う孤高の舞踏家のようだ。

「マイナス金利解除」「YCC撤廃」。その言葉の響きは、私にとっては既に、遠い夏の日の雷鳴のようにも聞こえる。あの時、私の指先一つで動いた巨大な歯車を、彼は今、手探りで、慎重に、そして、哲学者の深慮をもって、一つ一つ止めようとしている。

IV. 時間の海

かつて、私は「時間」を味方につけようとした。その壁を打ち破り、停滞の呪縛を解こうと焦燥した。しかし、時間は、常に最も冷徹な審判者である。

私の蒔いた種が、経済の土壌で、本当に健全な実を結ぶかどうか。それは、私の手を離れ、今や、彼の冷静な手腕と、そして、何よりも、この国の魂の回復力に委ねられている。

窓から漏れる灯りは、深い思索の証。彼がどのような決断を下すにせよ、それは、この国の未来への、避けがたい、そして孤独な祈りであることに変わりはない。

私は、この庭の暗闇の中で、静かに深呼吸をする。夜風が、私の背中に、彼への無言のエールを吹きつける。

行ってほしい。

私の残した海図の、その先の霧を晴らし、新たな岸辺へと、あの巨大な船を導いてほしい。ただ、その一念だけが、残照の庭に佇む私の、唯一の、そして静かな願いである。

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