ネブラスカ州オマハ。夕暮れの赤が、冬の空に薄く滲むころ、若い投資家・タケルはバフェット邸の前に立っていた。長年崇拝してきた大投資家から、どうしても聞きたい言葉があった。だが会うことなど叶わない。本人は高齢で公の場にほとんど出ず、秘書に断られるのが関の山だ。
諦めかけたその時だった。
「入ってきなさい。質問があるんだろう?」
驚くタケルの前に、ふいに木製の扉が開いた。そこには、暖かいランプの光を背にした老人がいた。
ウォーレン・バフェット本人だった。
「……どうして、私が来たと分かったのですか?」
「市場の騒音に迷った人の足音は、よく響くんだよ」
バフェットは静かに笑い、書斎へと案内した。壁には歴史ある株式の証券、机には分厚い年次報告書。だが部屋全体は驚くほど質素で、余計なものはひとつもない。
タケルは勇気を振り絞り問いかけた。
「私は、米国株の未来を恐れています。金利も、地政学も、不安が尽きません。
バフェットさん……もし“啓示”があるなら、教えてください」
老人は暖炉の火を見つめ、しばらく沈黙した。
やがて、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「覚えておきなさい。
市場は嵐のように荒れるが、アメリカの企業は、何十年も利益を生み出し続けてきた。
それは信仰ではなく、歴史という事実だ」
「しかし、今後も?」タケルは食い気味に尋ねた。
バフェットは椅子から証券を一枚取り出す。それは古いコカ・コーラの株券だった。
「この株を買ったとき、世界は人類史の中で何度も“不安”を迎えていた。しかし企業は成長し、人々は働き、価値は積み上がった。未来に投資するとは、恐怖に勝つことじゃない。“人間の営みが続く”と信じることだよ」
タケルは息を呑んだ。
「そしてもう一つ。
短期の価格は投票、長期の価値は計量だ。
価格が下がったときこそ、最良の教科書が読める。恐怖で売り払う者たちの中で、価値を見つめ続ける者だけが、本当の複利を味方にする」
それは啓示のように深く胸へ落ちていった。
バフェットは穏やかに微笑む。
「帰りなさい、タケル。
米国株の未来を恐れる必要はない。恐れるべきは、自分の感情に振り回されることだ。
市場よりも、自分自身に投資しなさい。知識は暴落しない」
外へ出ると夜空が澄み、星が静かに光っていた。
タケルの胸には、もう迷いはなかった。